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2021
01.22

PCR検査の是非

Category: 未分類
創傷治療で革命を起こした
なつい式湿潤療法。
そのサイトから転載しています。


独:感染衰えず国民に高機能マスク(N95)の着用を指示
※N95マスクとは感染防止でコロナ専門病棟で医療従事者が着用するマスクのことです。

ドイツはついに「感染が減らないのは,国民がN95マスクをしていないからだ」と考えて,N95マスク着用せよ大号令をかける模様。しかしもしも,全国民がN95を着用しても感染が治まらなかったらどうするつもりなんでしょうか。残る手としては「国民全員が常に防護服を着用」くらいしか残っていないはず。それでもダメなら,感染者を収容所に入れるとか,感染者をガス室送りにして抹殺するくらいしか方法は残っていません・・・冗談抜きに・・・。
 これって本当に正しいのでしょうか。 昨年の夏,ありとあらゆるウイルス感染症と細菌感染が激減しました。これは「マスクと手洗い。3密回避」の生活パターンが奏効したためと説明されています。つまり,ウレタンマスクだろうが布マスクだろうが鼻出しマスクだろうが,マスクの材質や付け方によらずヘルパンギーナやRSウイルス,コクサッキーウイルスなどをブロックできたわけです。「マスクと手洗い,3密回避」はそれほど強力だったのです。それなのに,新型コロナだけは感染蔓延がとまらない」,というのは何かおかしくないでしょうか。マスクはRSウイルスやコクサッキーウイルスはブロックできているのに新型コロナウイルスだけはブロックできない・・・なんてことは物理的に起こり得ない現象だと思います。となると,疑うべきは「感染者」の診断法,つまりPCR検査でしょう。現在,全世界で行われているPCR検査の問題点は次に集約できると思います。

感染力のあるウイルス粒子も感染力のないウイルス粒子の断片も検知してしまう。
従来は「症状がある人に検査をして診断確定」だったが,新型コロナでは「症状がない人にもPCR検査をし,PCR陽性なら感染と診断」

 新型コロナウイルスが登場するまで医学は「PCRで感染の有無を診断」したことはありません。これは人類未体験の検査法であり,その使い方とデータの読み方を知っているわけではありません。しかし,諸般の事情から人類は「新型コロナの診断法はPCRしかない」ので,毎日大量のPCR検査をせざるを得なくなりました。しかし,人類は「PCRで感染症を診断することの是非」を知らないまま,それを推し進めています。
(転載ここまで)

検査方法を変えなければ、いつまで経っても
新型コロナウイルスの収束目途がつかないということです。
従来のインフルエンザは、ワクチン・治療薬があるのに
毎年流行しています。

今年はマスクや手洗いなどの感染予防対策で
風邪やインフルエンザが激減していますが、
もしPCR検査をすれば新型コロナと同じような
(無症状)感染者を拾うのではないでしょうか?
つまり、感染症の診断入り口部分で
PCR検査を主とするのは適さないということです。

治療方法も、だいぶんと確立されてきたそうです。
予防薬がないので”怖い„というイメージは払拭されませんが
PCR検査が主体である限り、
医療逼迫状況の改善は難しいと考えます。






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2021
01.21

志士たち

Category: 未分類
本日、1月21日は
「ライバルが手を結ぶ日」
だそうです。

巨人と阪神ではありません。
薩長同盟を結んだ日です。

1866年のこの日に
坂本龍馬の仲介で
薩摩の西郷隆盛と長州の木戸孝光が
京都で会見をして倒幕のために
薩長同盟を結んだ日です。

ご存じの通り薩摩と長州は
長年、ケンカをしていましたが
大義を成すために私心を捨て
同盟を結ぶという決断をいたしました。

いまの世の中はどうでしょうか?

”分断社会„
”自分さえ良ければいい„
”間違った個人の尊重„

とくに、政治が機能しておらず
責任を負おうとしない人たちの集まり。

いまの閣僚たちが
西郷どんや龍馬の時代に存在したら
”ボッコボコ„にしばかれているでしょうね。

「有事の際は(男)は腹を括る覚悟で
 やるしかないんですよ」

侍はそのような矜持で
いまより大変な時代を乗り越えてきました。

今、コロナ禍が大変なのは
国を動かしているお偉いさん方の
「利権」や「私心」などが絡み
ややこしくなっています。

新コロの毒性よりも
人災によって被害が大きく
なっている気がしています。

明治維新の志士たちならば
どんな対策を立てたんでしょうかね。










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2021
01.16

釈迦の説法

Category: 未分類
コロナ禍において
お釈迦さんの悟りを参考に
乗り超えていこう。

お釈迦さんの悟りとは
「ある」と「ない」を
両方一緒に受け入れること。

人の苦しみを空じるために
王子としての地位を捨て
29歳の時に出家し山に籠る。

ひたすら心身を痛めつける苦行に入るが
答えが見つからない、解けない。

さらに悩み全身が衰弱し
とうとう倒れてしまう。
そこに偶然通りかかった少女に
一杯のミルクを飲まされ生き返った。

このミルク一杯で生き返ったお釈迦さんは
「苦しみを知るだけでは修行が足りない
 苦しみの次に解放がなければいけない」
という考えに変わる。

山を下り川沿いを歩ていると
大きな大樹に合う(菩提樹)。
その下で瞑想を21日間続け
ついに悟りを得る(35歳)。

苦しみを捨てようとするのでなく受け入れること。
この世はすべて苦しみなのだと思いなさい(一切皆苦)

一時として同じことはない。
物事は次々に変化する(諸行無常)

自分の思い通りにはならない。
執着を捨てなさい(諸法無我)。

そのような心境になれば
静かな境地で対処できる(涅槃寂静)。

いまのコロナ騒動に当てはめると
不安を煽るだけのメディア報道に
踊らされいないだろうか。

ならば、感情ではなく”科学„で治めようとしても
医学的見地でも意見が分かれているため
”コロナ恐い派„と”コロナ恐くない派„に分断されている。

分断は仕方ないが、落としどころを
”どっちが正しい”に、こだわりすぎると
それこそ収束が見込めなくなる。

ウイルスとの戦いは未知な部分が多く
長期戦というのが常識。

結果を求め、正しさに縋ろうとするあまり
大切なものを見失っていないだろうか。

いま必要なのは
どっちが正しいではなく
「思いやりの心」だと思う。
正しさの解釈なんて時代によって変わるものだから。

何度でも言う。
生命活動に必要なのは
”正しさ„よりも”優しさ„
思いやりの心である。

お釈迦さんの言うように
こだわらず、受け入れて、対処するしかない。





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2021
01.14

長期戦に備えて

Category: 未分類
昔と比べてテクノロジーや
インターネットの発達で
社会全体は進化しているのに
コロナ禍においては
社会全体が悪化しているように
思えるのはなぜでしょうか?

やはり”こころ„の部分が
大きいと思います。

いま、私たちが見聞きする情報は
残念ながら、マイナス面が大きく
前向きな(無謀は論外)根拠ある発言は
「なにかあったらどうすんの」に
封殺されているように思えます。

新種のウイルスは確かに怖いです。
しかし、「怖い、怖い」と恐れるだけでは
何も変わりません。

コロナ怖い、怖くないではなく
どう、前を向いて進んでいくのか?
「感情」ではなく「事実」に目を向けること。
一部の偏ったデーターだけで判断しないこと。
全体を見て、何が最適か考えること。

ちなみ、新型コロナの”怖い„ところは
血管内に入り込み全身の至る所で
感染症状を起こすところ。
同じ致死率の季節性インフルエンザは
血管内には入り込めず感染局所が限定されているため
治療方法が確立されています。

感染力は強いが日本においては
ほとんど一次免疫で抑え込めています。
また、一定のウイルス量がないと
感染発症まで至らない(無症状で済む)と
されていますので、手洗いやうがい、
私個人的にはこまめに水分を補給するように
しております(冬脱水予防にもなります)。
あと、普段日ごろの免疫を意識した生活ですね。

感染対策は長期戦になりそうです。
こころの面を整えて体調管理に努めましょう。








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2021
01.09

存在

Category: 未分類
新型コロナウイルスによって
ぐちゃぐちゃになった世の中。
あれから1年なのか、もうなのか。

そのあいだコロナによって
新しい生活様式とやらを余儀なくされた。

大好きなライブも
仲間との飲み会も
一度も行くことなく
2020年が終了した。

仕事、宅飲み、寝て、また仕事。
この繰り返しの毎日だった。
これが新しい日常なのか?

あらためて思う。
人は人と触れ合うことで
自分の存在を確認しているということを。

テレワークにネット通販にウーバーイーツ。
街に出なくても自宅で何でもできる新しい日常。
便利だけど、自分は存在しているのだろうか。

「生きることは呼吸することではない。行動することだ」
(哲学者:ルソー)。

いま、行動できるとすれば
上に大樹を育てることでなく
下に強い根を養うことだと思う。

根っこが強ければ木が大きく成長しても倒れない。
いまは、そこに行動を起こそう。
自分自身の根をはろう。

根は見えない存在である。
けど、見えなくても存在しているのである。

新しい生活様式になっても
何か行動を起こすことによって
存在するのである。









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