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2022
05.23

情報疲れ

Category: 未分類
最近、なんだか頭がすっきりしない。
新聞を読むスピードも衰えたし
考えもまとまらない。
多分、情報社会って奴のせいだろう。

インターネットが社会に定着し
世界のあらゆる情報が個人でも扱えるようになった。
しかし、情報にはいつも色が付いており
そこをどう取捨選択するかに防波線を張り巡らしている。

タダで情報が仕入れられるには
何らかの裏があると思って取り入れる必要がある。
その作業に疲れているのだとおもう。

けど、仕方ない。
ネット社会というのはそういうものだ。
いまさら昔の文明には戻れないし
進化に合わせた生き方がある。

いらない情報をいかに取り込まないか。
これも難しい、AIによって興味のある情報が
どんどん入ってくるからだ。
すごいね、アルゴリズムって。

ホリエモンは有益となる情報源を3つ持てれば
彼の好きな「勝ち組」になれると言っていた。
まぁ、それ以上はいらないのは確かかな。

”オッカムの剃刀”に示されるように
この世はシンプルであるのが一番だ。

そっかー、シンプルね。
いらん情報を溜め込みすぎているんだな。

太宰治の小説の一節を借りる。
「学問なんて、覚えると同時に忘れてしまってもいい(中略)
 その勉強の訓練の底に一つかみの砂金が残っているものだ」。

大事なのは情報を仕入れることでなく、
その情報をいかに世のために活用できるか。
それがネット社会に応じた生きる道であろう。

年齢を重ねることにより脳の容量も落ちてきている。
知識欲は必要だが”あれもこれも„にならないように
やるべきことを”絞って„
人生と周囲を明るくしていきたい。








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2022
05.17

認知症介護

Category: 未分類
あーぁ、
今日でHさんの利用が終了する。
同じ関西の田舎からバレー選手として
滋賀での活動を選んだ。

立派な人格者。
それが第一印象。

けど、話を続けていくと
辻褄の合わない言葉が並び
照れ隠しのために、笑いながらはたかれるのだが
それが現役選手並みに痛いのだ。
認知症がなければ
いまもどこかでご活躍されていただろう。

Hさんは、スタッフを当時の仲間と思い込み
「○○さんは昔からの働き者なのよ」と
人物誤認がよくみられる。
これは誤認させながら心の安定を図る行為。

知っていることがあると
それ以上に、不安・混乱に陥らず
症状が増幅することはない。

だから否定せず、スタッフも
昔の仲間の○○さんを演じた。

しかし、これが家庭で起こると家族は困る。
Hさんは同居している娘さんを「姉」と称するようになっていた。
過去のしっかりとした親の姿も、これではたまらない。
色々と悩んだであろう。
最後はグループホームの選択となった。

以前の僕なら
「まだ、在宅でいける」と
押し突けた。

知識、行動心理、社会的資源、
その他をもちい、いけるところまでいって
それでもダメなら施設入所への誘導。
良かったか悪かったかはわからないが
”認知症介護をしている!„という
自己勝手な充実感に酔っていた。

認知症介護とは?

最近なにが正しいのか
わからなくなっている。

また、社会全体にも余裕がなくなってきているし
家族が”親の介護をするのはあたりまえ„という風潮は
ひと昔前のことにも感じてきている。
長寿化によって病気が高度化してきているのだ。

そして核家族化や共働き世帯の増加。
高度化した病気を看る余裕もない。
家族に求められる在宅ケア(技術)も高くなっている。
多様性社会を推進し、絆社会も捨てきれない、
なにがなんだか、さっぱりわからん。

わからんが僕たちは利用者さんや家族さんを通じて
介護のたのしさ、残酷さ、必要さ、大変さ、矛盾などを
体験させていただいている。
そして、日々試行錯誤しながら答えを探し続けている。

最後まで在宅!というのは絵空事で
その裏ではだれかの犠牲なしでは成り立たない。
本人、家族、当事者の人たちのがバランスの良い
落としどころをさがすのが難しい。
誰かの一方的な考えや思想だけで落ち着かすことは
避けなければならないためだ。

認知症介護に万全のゴールはない。
介護する側もされる側も誰もが悲しみを背負っている。
援助者はそのことを忘れてはいけない。







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2022
05.11

あきらめない

Category: 未分類
上島竜兵さんが自死した。
大好きなお笑い芸人さんだった。

「どうぞ、どうぞ」「聞いてないよ~」
聞き飽きない、親しみやすいギャグと
身体を張ったリアクション芸で一時代を築き上げた。

有名人の自死はインパクトが強いが
どうやら社会全体においても心身を蝕む方が増えているらしい。

自殺は病気である。
気持ちだけでは食い止められない。
ある日突然、人生に自ら幕を降ろすのは
積み重なった心労が影響する。

自殺に至る機序とは
ぐつぐつとマグマが溜まっていて
それが噴火した状態だと
以前の職場で教わった。

よって、普段からそのマグマが爆発しないように
カウンセリングや傾聴、運動、お酒、、、
とにかく、なんでもいいからマグマが噴火しないように
ちょっとずつ抜いていくことが大切だと。

上島さんはコロナ禍前などは草野球や
『竜兵会』などの飲み会等、仲間と集まり
楽しく過ごされていたらしい。
息抜き(マグマ抜き)ができていた。

”それが、このコロナのせいで„
という思いがしてならない。

みんな、いまの世界がおかしいって気付き始めている。
なのに、同調圧力によって2年前と変わらない状態を強いられている。
もう、いい加減に許してくれよ、、、。
とくに、日本人は真面目な人種なんだよ。
間違っているとわかっていても
他者を傷つけないように自分を犠牲にする人種なんだ。

それをいいように利用しているのが
日本政府やそれを取り巻く利害関係者たち。
過去の不祥事を振り返っても
普通の国なら暴動が起きるレベルのことでも
私たち日本国民は黙っている。
”あきらめ病„というものを
国家によって知らない間に国民に感染させたのだ。

けどね、社会をあきらめたとしても
自分のことはあきらめないで。

社会に絶望を感じても
自分自身の可能性には希望を持ち続けて。

生きることは、受け入れることと抗うこと。
そこに自分自身の答えを出すことが人生の本質。
なので100点ばかりじゃなく0点でもいい。
日本社会は失敗することに不寛容だけど
自分で出した答えに他者に採点してもらう必要はない。
0点でも10点でも、あなたが出した答えが大事。
人生に点数はつけるな、気にするな。
答えなんて時代の価値観によって変わるものだから。

あわてず、あせらず、あきらめない。
悩んでいる方にはこの言葉を掛け続けたい。








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2022
04.30

滋賀発祥

Category: 未分類
ゴールデンウィークを迎え
お隣り京都は観光客でごった返しだそうです。
デイの所在地、大津市はいつもより少し多い程度。

ある人が言いました、
「これが滋賀県大津市ではなく
 京都府大津市ならもっと観光客が集まる
 魅力的な街なのになー」。
まったくその通りだと思います。

とにかく滋賀人はアピールが下手。
おっとりしています。

滋賀は寺院の数は全国最多。京都より多いのです。
びわ湖という全国一の環境も活かしきれてません。
多賀大社は伊勢神宮の「親」にあたりますが
「子」に比べるとその差は歴然。

伊藤忠、丸紅、高島屋、西武も滋賀発祥ですし
トヨタ自動車の初代社長も滋賀出身。
そばも日本茶も最澄もおみくじも急がば回れも滋賀発祥!!
そのほか多数も滋賀!(なんのこっちゃ)。
世界遺産の比叡山は京都とちゃうでぇー。

あつぅ、フゥー、すみません、取り乱しまして。

みなさま、良い休日を。
機会があれば滋賀にもお立ち寄りください。
僕のおすすめは近江八幡市にある
吉田という鉄板焼きの店です。
ここからバームクーヘンのラコリーナに立ち寄って
長命寺の湖岸沿いをドライブして休暇村で一服する。
満足いく旅気分を味わえると思います。

ちなみに、日本旅行会社も滋賀発祥です。
はい、存じております。
このあたりでもうやめておきます。






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2022
04.25

危機管理

Category: 未分類
知床半島沖での観光船転覆事故。
防げた事故にやり場のない悲しみや思いが漂う。

生きていく上では「リスク」は常に身近にある。
ゼロリスクはあり得ない。
ただ、防げる事故はなくさないと信頼を失う。
社会生活は信頼で成り立っている。

今回の転覆事故の原因は明らかだ。
航行ルートや船体の傷等が原因ではない。
地元漁師が「危ない」と漁を取りやめた天候で
観光船を運航したことにある。
これは「船長個人」が下した判断というより
組織要因が大きくかかわっている。
そこを理解しなければこのような事故はなくならない。

介護でも「事故」はつきものである。
なぜならリスクを背負った方々を受け入れているからである。

言葉は悪いが「健常者」でも転ぶ。
「健常者」よりもリスクの高い「要介護者」をお世話している。
もちろん事故のない様にリスクアセスメントや介助をしているが
それでも事故は起きてしまう。
それを”個人„の資質や責任として処理しているから事故はなくならい。
問題解決は「個人的要因」と同時に「社会的要因」の観点が必要。
なぜ、介護現場において事故は無くならないのか?
一施設、個人の責任ではなくもっと大きな社会全体で考えないと。
いじめの問題や虐待の問題と同じようなこと。
なくならない問題や課題はいろんなものが複雑に絡み合っている。
決して、個人や組織という簡単な答えではない。

転覆事故においては「利益優先主義」の社会背景。
「利益」ではなく観光客に「楽しみ」を提供することが
社風の根底にあれば、荒天で運航するメリットは何もない。
そんなこと船長だってわかっているはずだが
「利益」を優先してしまった。

社会に染みついている利益優先主義は
ときに「人命」よりも大切と錯覚することもある。
余談だが、いまの介護政策なんかもこんな感じ。
「財源がない」と非常に冷たい制度になっている。

年々増えてきている介護殺人や介護虐待は
本当に家族や当事者だけの問題と思っているのか。
制度改正の度に受けられないサービスや家族負担が増している。
それが介護する側を追い詰めている。
制度(社会)が事故を引き起こす要因を作っているのだ。
3年に一度行われる制度改正の一丁目一番地は
介護報酬削減が入り口にあり、その犠牲は
介護を受けなければならない人の命をけずって確保している。
”人命軽視„”利益優先„の社会風土を
国が主導していると言われても仕方ない。

だいぶんと話が逸れたが
当施設の介護事故マニュアルに
「すべてのサービスは安全を優先する」
とさせていただいている。

例えばご本人、ご家族の希望で
「○○してほしい」という思いがあっても
安全が確保できない場合はお断りすることがある。
これを理解していただかないと”無理”を重ね
事故リスクを高める要因となる。

もちろん家族や本人の要望のために
介護職員の資質向上をはかり
チャレンジすることも大切。
ただ、今の社会は失敗を許してくれない。
だから、味気ない介護が増えているようにも感じている。
介護って、こんなんだったかな。

防げる事故と防げない事故。
この二つの違いは利益優先に傾いている
社会全体の風潮も要因となっているのではないか?
”もし„ということを考えてみよう。
期限や利益が引き起こすリスク。
もし、利益を考えず、事故対策に専念すれば防げる事故はある。
しかし、利益というリスクを背負わなければ
いまの文明社会では生きてはいけない。

今一度、事業の優先度や理念を見つめ直し
初心を忘れないように取り組んでいきたい。
この事故は決して他人事では済まされない。





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